<もうしばらく、会話し続けようと思う>

早いものでそろそろこの206に乗り始めてから4年が経とうとしている。その間に結婚もし、近い将来たぶん子供も出来るのだろうということを考えると、そろそろ…という妙な焦りが頭をもたげてきたのも事実だ。たとえば、2座のオープンカーなど、多分あと何年かを逃すとしばらく所有することは出来なくなるだろう。いろいろと考えると、そろそろこの206も乗り換え時かな、なんて思っていた。

そうなるといろいろと資料を取り寄せたりWEBで調べたり、ロードスターがいいとかコペンがいいかななどと思い巡らせていたのだが、今ひとつ踏ん切りがつかない。その間にここ2週間ばかりで3度、206と遠出が出来る時間があり、久しぶりにまとめて距離を乗ってみたりして、いろいろと考えていた。ここ2週間でおそらく800km位は走っただろうか。

206の前に乗っていたブルーバードの頃は、車をいかにして走らせるか、そういうことばかり考えていたような気がする。トランスミッションがATからMTに替わり、ちょっとうるさい206のエンジンをブンブン回して走らせるようになってから、ドライブが車を「走らせる」時間から、車と話をする時間に変わって来たような気がする。だから、一人で出かけるときは、ものすごい長距離のときなどを除いてほとんど音楽も聴かなくなった。ギアをローに入れて発進し、3000回転ちょっとまで回してシフトアップ、トルクの太い美味しいところを使いつつ滑らかに加速する、カーブの続くワインディングで回転をキープしながら、ロールするボディを体で受け止めながら曲がる、渋滞でトロトロ走るときのクラッチワークに気を遣う、その一つ一つが会話となって206と僕の間に成立しているのだ。丹沢湖畔のワインディングを回りながら、そんなことを考える。

乗り換えの有力候補のひとつ、シトロエンC2の試乗に行って来た。シトロエンらしからぬ、がっちりとしたいい車だった。センソドライブの行儀はお世辞にもいいとは言えず、のべつ1速→2速のシフトアップで前につんのめるようなそぶりを見せる。エンジンにも力がある。206よりも静かなエンジンだ。でもそこに会話が成り立つような気がしなかった。なんだか下手な同時通訳が間に噛んでしまっているようなもどかしさを試乗の短い時間で僕は感じてしまった。これで200万は、安いという人も居るかもしれないが、僕は高い、高すぎると思う。これを求めるのならVITZでも乗った方が良いと思うのは、欲目なのかもしれないが。206を買おうと思ったときの、背筋に流れる電気のようなものがないのだ。C2を観に来たのに、いつのまにか246を流れる色々な車のほうに目をやってしまっていた。

やっぱり、もうしばらくこの206と会話をし続けようと思う。久しぶりに206の写真をとってしみじみ眺めると、この車の斜め後方からの、リアクォータウインドウのJラインのデザインや、塊感のあるスタイリングは他にはない。というわけで、「車買い替え計画」は中断され、「206リフレッシュ計画」へと衣替えすることにした。この春こそ、ショックとタイベル&ウォータポンプを替えて、出来ればクラッチをOHしてあげたい。




ぶんせきは
KENTARO