<untitled>

僕は少しばかり我慢強くなり、きみは少しばかり我侭になったのかもしれない。いや、それは僕が僕であるからそう思えるのだろう。きみのことは、もう僕はわからないと思った。それはもうだめだということなのだろう。だけれども、その年月が、お互いにそのことを口に出すことをためらわせている。

普通と逆向きのワイパーには、まだ慣れない。動きにあわせて飛沫がまたひとつ、ウインドウに残る。僕がこの車の、一番最初に見つけた気に入らないところだ。念願の青い車が僕の元にやってきて、しかし僕は全然嬉しくない。車のことよりも、気にかけなければいけないことがたくさんあり過ぎて、それどころではなかった。皮肉にも、ワイパーが、視界をどんどん悪くしていく。前が見えない。

言葉が、取り繕おうとした言葉が、またさらに波紋をよんでいく。螺旋の渦に堕ちていくように。噛み合わない、という言葉では済まされないほどの深刻さをもって、見えない厚い壁が僕らの間にどんどん積みあがっていく。それは拭い去ろうとすればする程、きみの顔は見えなくなってゆく。もう全部分かっているのに。どちらもそれを止めようとしない。

駅前の駐車スペースには、まだ夕方ということもあって、お土産をぶら下げた集団が三々五々集まってきては、車から降り、電車の時刻を確かめている。タクシーと旅館のバスに混じって、ぽつんと僕の青い車は隅っこでワイパーを動かしている。きみは、しかしいつもの言葉で車から降り、小さくなってゆく。それを見送らぬ ように、前が見えるように、ワイパーの速さを一段上げて、僕は走り出した。止めることはできなかった。

雨は小降りになった。

小高い丘から雨のあがったあとの夕焼けを見て、家に帰り着いた。もうワイパーは要らないと、思った。その夜、前は見えなかったけれど、もう役立たずのワイパーを動かすことはなかった。パッセンジャー・シートにきみの姿はもうない。そして、取り繕われたワイパーだけが、飛沫を残すことなく、こぼれ落ちてくる雫を拭い続けている。



ぶんせきは
KENTARO