「22才の別れ」
T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
〜四畳半と呼ぶのははばかられる〜
風 1975
GUESTBOOK/BACKNUMBERS
風というのは、「かぐや姫」解散後、伊勢正三が作った2人のアコースティック・ユニットである。風のシングルとしてのこの歌のリリースはかぐや姫解散後だが、この歌はかぐや姫も歌っている。こういった、南こうせつ・伊勢正三ラインでの楽曲のやりとりはこの頃から盛んで、イルカの「なごり雪」なんかもこの伊勢正三の作品であり、(たしか)かぐや姫かなんかもレコード化していたと思う。
この頃は、いわゆる「四畳半フォーク」といったものにだんだんと逆風が吹いて来はじめる頃である。荒井由実が彗星のごとく現れ、四畳半フォークへのアンチテーゼを発表し、それが世の中に浸透してきた頃がこの1974〜1975年頃である。そんななか、四畳半フォークの代名詞とも言える「かぐや姫」を解散したのちの伊勢正三、南こうせつは、こうした四畳半フォークを引きずっているものとして見られがちである。この「風」というグループに関しても、「かぐや姫」に似たようなものとする向きが愛好者以外ではまだまだ多いのではないか。実際、レコード屋の旧譜コーナーや、テレビ、ラジオ等の70年代特集などではそういう分類が目立つ。
しかし、この風というグループ、そうした匂いはないこともないけれど、しかし「四畳半フォーク」なるくくり方でくくってしまうには少々無理がある。爽やかな作品有り、切ない作品有りと様々である。この「22才の別れ」も、少々シチュエーション的に「四畳半」の匂いを感じないでもないが、なかなかの別れの歌である。長い間つきあっていた女が、嫁にいくために男と別れる歌、最近ではほとんど見られなくなったパターンの歌だが、そうした切ない女心を見事に描ききっている。「あなたを嫌いになったわけではありません。しいていうならば何かの間違いでしょう」というようなパターンである。この曲を聴いていてすごいなと思ったのが、ひとときたりとも男の影、実態がちらつかないことである。全ては女の言い訳のために、謝罪のために歌われている歌。ここで別れようとしている(ふられようとしている)男の影が少しでも具体的に出てきてしまうと、感情移入して聴いてしまうこの手の歌が好きな人々にとってまことに邪魔であり、興ざめである。この手のテクニックは中島みゆきがとてもうまいのだが(「わかれうた」や「悪女」では、微塵もあいての男の影がちらつかない)そこんとここの歌はなかなかうまくやっているのではないか。
ぶんせきは
KENTARO