「ノーサイド」
〜汗くさくないユーミンマジック〜
松任谷由実 1984

T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
GUESTBOOK/BACKNUMBERS


 ラグビー部ってヤツはたいがい、泥にまみれている。野球よりも、バスケよりも、明らかに泥臭い、汗くさいスポーツである。野球は、雨が降ると中止になるのだが、ラグビーやサッカーは中止にはならない。しかし、同じ泥まみれのスポーツでも、サッカーとラグビーでは大きくそのイメージは異なる。「プーマ」や「アディダス」「ナイキ」など、そのブランド性がともすると先行しがちなユニフォームに身を包み、スパイクの紐ひとつの乱れにも気を使うようなサッカーというスポーツをやっている男というのは、ともすると練習のあと彼女と待ち合わせてチーズケーキのひとつも食べそうな雰囲気さえ感じるが、ラグビーでは断じてそのようなことはない。ラグビーにはシナチクラーメンや餃子、お好み焼き、ないしは学校帰りのパン屋での炭酸飲料の一気飲みかなんかがどうしても似合いそうな風情が漂っている。
 このようなことから、「生活臭撲滅運動」を歌の中で展開中のユーミンがラグビーを題材にするのは意外な感すらする。しかしこの歌、かなり巧妙な仕掛けからこの汗くさい、ユーミンの世界からは対極にあるようなスポーツ「ラグビー」を実に自然に歌にしている。彼女の手法は2つ。「ストップモーションにしてしまう」ことと、「過去のものということにしてしまう」ことの2つである。この歌の中でのラグビーを彷彿とさせるシーンは全てストップモーションである。これでは汗も飛び散らない。泥臭さも想像の枠内に入ってこられない。その一挙手一投足のみが聴くものの心をとらえる。「過去のものにしてしまう」これは歌に限ったことではない。思い出というものが生産されることによって、物事の汚い部分は忘れ去られ、全ては美化されていくのである。この方法を、ここ20年のポップス界で確立したのがユーミンとサザンである。「感傷」のエッセンスだけを取り出す、その純度の高さは抜群である。


ぶんせきは
KENTARO