「夢見る少女じゃいられない」
〜純粋ウブバカ少女の反乱〜
相川七瀬 1995

T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
GUESTBOOK/BACKNUMBERS


 相川七瀬のブレイク作品。制作には”あの”織田哲郎が噛んでいる。ルックスや歌い方から考えると橘いずみの中からよけいな思想を抜いて、ちょっと頭悪くしたって感じかなと思っていたのだが、予想通り何とも頭が悪そうな唄をぶつけてきたな、と当時はなかなか感心(?)したものだ。

 どうでもいいけどこの手のキャラクターが日本人には一番受けたりする。相川七瀬本人は筋金入りの悪いヤツだったようだが、これをこのまま持っていったんではそれこそ嶋大輔Jonnyになってしまう。そこで、織田先生の登場である。織田哲郎の「たぶん悪い人ってこんなんだろーなぁ」というへなちょこな先入観、これが非常にうまく、且つ有効に作用している。CD購買層に多いウブバカ少女達のニーズをいとも簡単につかむことが出来る、これが、織田哲郎の存在価値である。飛び出していけるか行けないか、でもやっぱりアタシ達には無理よね、という””の設定が、絶妙にうまいのだ。そして、このような「消費される音楽(つまり売れりゃいい、21世紀に残らなくてもかまわない)」にとって、それが一番大事なところである。SPEEDはその点やっぱりかなりいい線をいってるけれど、その後の伊秩さんの作品を聴く限り、まだまだ織田哲郎には一歩も二歩もゆずるところがある。

 相川七瀬はこの曲でブレイクして、後に「恋心」でビッグセールスを記録することになる。その頃、カラオケに行って気付いたことだが、この「夢見る少女じゃいられない」を歌う女の子っていうのは、たとえ聡明そうなフェイスをしていたとしても、歌っている瞬間、非常にアタマが悪そうに見えるのである。それを聴いている女の子達にはそうは見えないのかもしれない。織田先生によって設定された””。それが、破れそうで、でもやっぱり破れない。破れないと分かっているけど、それでも「夢見る少女じゃいられない」と歌う。その姿が、いかにも「ないものねだりをしているガキ」「どう見ても開きそうにない、南京錠のかかっているオリに必死で抵抗している猿」のようなモノに見えてしまうのだ。歌ってる本人は満足なんだから、それはそれでいいんだけど。
 


ぶんせきは
KENTARO