「想い出がいっぱい」
〜アキさん〜
H20 1984

T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
GUESTBOOK/BACKNUMBERS


アキさんは僕のいとこで、年は僕より4つ上の27才。某外資系製薬会社の研究員で、今はゲームプログラマーの旦那様と一緒に、平和に暮らしている。

アキさんの家族は、桜上水に住んでいて、僕らの家族とは盆と正月に、父方の祖父母の家で顔を合わせるようになっていた。僕は小学校低学年くらいの頃までは、年上がいないという僕の兄弟構成も影響したのだろう、アキさんによくなついて、たまに会うとよくよく遊んでもらった覚えがあるけれども、そんな場面を思い出すとき、僕の心の中でのアキさんというのは、例えば親父の妹や姉、つまりは僕にとっての「おばさん」というくらいの存在でしかなかった。「遊んでもらった」覚えはあっても「アキさん」自体はよく覚えていないのである。

その後、僕は数年、親戚その他の会合には疎遠だった時期がある。それは、別に悪いコトして教護院の臭い飯を食っていたわけではなく、「スポーツ少年団(略称はスポ少)」なるものに入会してしまったからである。僕はそこで野球をやっていたんだけれど、その「スポ少」は、うなるほど練習をするので、盆暮れ正月など関係ない、まさに星飛雄馬的団体であった。

そうして2年ほど過ぎたある正月に、僕は久しぶりに会ったアキさんを見て、ハッとしてしまった。僕はその頃、小学校も高学年にさしかかり、早熟だったことも手伝って女の子に対して前とは違った感情を抱くようになっていた。それは、当時聴き始めていたオフコースや徳永英明の詞から受けた影響でもあると思う。とにかく早い話が「目覚めかけ」た頃であった。そんな僕が、この「想い出がいっぱい」を聴いて想像していた「少女」の像に、当時15歳、2年ぶりに僕の目の前に現れたアキさんがぴったりだったのである。落ち着き払った、子供のものとは明らかに違った目、すれ違うとリンスの香りがしてきそうな、コカコーラよりも三ツ矢サイダー・キリンレモン・あるいはカルピスソーダが似合うような、初夏の日差しの中に立たせたら絵になるような。単なる「きれーなお姉さん」というのとも少し違う、僕の中に今まで感じたこともない気持ちが押し寄せてきて、アキさんとはその時、とうとううまく話せなかった。それはもちろん、僕が変わっただけではない、アキさんが「難しい年頃」になってきていたせいでもあったと思うけれど。

そうして、7年の月日が過ぎて、再び会ったアキさんは、大学4年生、もうすっかりオトナの女の人になっていて、キャスターをふかしながらセックスがらみのネタで僕をからかって笑っている。彼女はいろんな女の人を、そして代わりゆく女の人の姿を身をもって教えてくれた、僕の先生の一人なのかもしれない。


ぶんせきは
KENTARO