「ドック・オブ・ベイ」
〜オーティス的発音〜
オーティス・レディング 1968

T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
GUESTBOOK/BACKNUMBERS


洋楽を聴くときでも、僕はマメに詞を読み、意味を考えるようにしている。だから、歌詞カードを読みながら聴くことが多くなり、そらで唄える唄も結構多い。そういう聞き方をしていると、気がつくのはやはりアーティスト個人個人の英語の発音だとか、唄い方にこめる情感とかである。僕は決して人に比べて英語は出来る方ではないけれども、それでも中学、高校と英語の唄から教わった英語は数多い。かなり前、この「おりおりのうた」をはじめた頃に書いたエッセイの中に、フランク・シナトラの「STANGER IN THE NIGHT」を取り上げて、シナトラの英語は非常にわかりやすいと書いた。概して、昔の英語、オールディーズなどを聴いていると、特にシナトラとかコニー・フランシスとかの英語は凄くわかりやすい。そしてそれは今までのポップスという形からジャズやカントリーのテイストが入った多種雑多な音楽(R&Bとかロックンロールとか)が生まれてくると、聞き取りやすいものばかりではなくなる。ロイ・オービソン(「プリティー・ウーマン」の人です)の英語なんかは分かりにくい。

そういう意味で、このオーティス・レディングという人は、英語の発音を壊した先駆者のうちの一人だと思う。わかりやすく言えば、日本のポップスにおける矢沢永吉、あるいは桑田圭祐のような存在である。彼らも日本語の唄の発音に革命を起こしたと言っていい。巻き舌を採用した功績は称賛に値する。この、オーティス・レディングの「ドック・オブ・ベイ」、これは非常に有名な曲だが、かすれた声でつぶやくように唄ってみたり、シャウトしてみたりと、唱法は実に多彩なのだが、歌詞の発音は思いきり崩れている。先に挙げたロイ・オービソンなどは、それまでのまあ普通というか、一般的な英語の発音を踏襲しつつ、それでちょっとひねりを加えているという感じなのだが、オーティス・レディングは違う。根っから分かりにくいのである。それは、自分流の唄用の英語の発音というのが存在するかのようだ。それがしかし、彼の唄のソウルフルな味につながっているとも言える。非常に熱情的で、シャウトが効果的だ。これから昔のソウル・ミュージックを聴こうと思っている人には、オーティス・レディングを最初に聴くことを強くオススメする。懐は深いが、ソウルとしては非常にわかりやすい。ジェームス・ブラウンよりも「唄」っぽくて、受け入れやすいと思う。「これのどこがソウルなんだ??」なんて言う疑問は間違っても出てこないのである。


ぶんせきは
KENTARO