「A NEW WORLD RECORD」 T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
〜ジャンルの融合〜
Electoric Light Orchestra 1976
GUESTBOOK/BACKNUMBERS
久しぶりのアルバムレビュー、それも70年代ものである。E.L.O.は、ポップ、あるいはロック史上において、もっとも成功したグループの一つともいわれ、批評家たちからも賛辞の声が多い。しかし、E.L.O.がデビューしてから(1972年)既に25年以上経過しており、その名を知る人々は少なくなっていることも事実であろう。他のロックグループと違って、いまいち「伝説」的存在としてもてはやされることも少ないような気がする。かくいう僕も、E.L.O.に関してはその名を知ってはいるものの、数曲ラジオ等で遭遇して聴く程度にとどまっていた。E.L.O.を知るきっかけは、意外と言えば意外なのだが、ユニコーンであった。中後期のユニコーン、とりわけ「ヒゲとボイン」の曲想の下敷きとして、コンポーザー奥田民生の頭の中にこのE.L.O.的世界があったのだということを何かで読んで聞いてから、このバンドに興味を持つようになったのである。その後の奥田の活躍の上でも、このE.L.O.的テイストは随所に現れている。たとえば、PUFFYの作品、「アジアの純真」や「渚にまつわるエトセトラ」などにも「モロ」E.L.O.テイストが生かされている。大げさともいうべきアレンジ、つまりは音が厚いということであるが、コーラスや弦の使い方など、その共通項は多い。シンセサイザーと弦の融合というのも面白い。そういう構成でキャッチーなメロディーを支えていくというのは、まさにE.L.O.的だということがいえよう。
話が横道にそれてしまった。E.L.O.自体の紹介に入ろう。今回紹介するアルバム「A NEW WORLD RECORD」に附属するレビューを参照すると、彼らのデビューは72年8月。イギリスで活動していたTHE MOVEというグループの実験的音楽プロジェクトとして誕生したのである。当時、自前のユニットの中に弦のパートを持つ手法は、「世界最小にして最高のオーケストラ」として好評を博した。その後、さらにポップ色を強めていったE.L.O.は、73年には「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」のヒットも飛ばす。この初期のE.L.O.の活動は、新しいロックの方向性を探る上で、クラシック側からロックへとアプローチしてニュージャズ的なスタイルに仕上げようとしたE.L.O.生みの親の奇才ロイ・ウッド(ファースト・アルバムリリース後脱退)の考えと、ロックを綴っていく中で、クラシックやジャズ等の要素をつまみ食いするロイ脱退後の後継者ジェフ・リンの考えとが交錯した、極めて実験的要素の強いものであった。その後、「第三世界の曙」「エルドラド」「フェイス・ザ・ミュージック」の三作をリリースする上で、今現在一般に認知されているE.L.O.のスタイルが出来上がっていく。キャッチーなメロディーの根底に流れるクラシカルな薫り、その二つの織り成すハーモニーが熟成されていくのである。その後、今作「A NEW WORLD RECORD」「OUT OF THE BLUE」「DISCOVERY」の中期三部作で、E.L.O.は出すシングルはすべてヒット・チャートに送り込み、この3作だけでTOP40入りした曲は実に12曲を数える。その後、弦を取り入れることから、次第にキーボードサウンドへと移行していき、弦に変わるキーボード・サウンドの集大成ともいえるのが、81年に発売された「タイム」である。その後、E.L.O.はしばしの休眠状態に入った後、数枚のアルバムを残しているが、そこには非常にジェフ・リン色が濃く、他のメンバーの参加は極めて客演というイメージの強いものとなり、86年の「バランス・オブ・パワー」を最後にE.L.O.はジェフがプロデュース業に目覚めていく中で活動が凍結される。
このアルバムをはじめとしたE.L.O.サウンドは、僕のように彼らの世代をリアルタイムに知らない人間にとって、発売されてから非常に時間を置いて聴くという形になって聴いてみると、第一印象として非常に緻密な楽曲であるということが挙げられる。ロックとクラシカルなもの、あるいはジャズ色の強いものとの融合という点では他のミュージシャン、たとえばシカゴやTOTO、そしてクイーンなどにも見られるが、彼らにとってそれはあくまで「多面性」の一部分であり、こうした他のジャンルとの融合を完全なる主目的として成り立っている音楽は世代を超えてかなりの新鮮さを持っていると思う。なによりこのアルバムを聴いて思ったのは、さすがにE.L.O.史上最高の売り上げを残したアルバムだけあって、どの曲もメロディーラインが非常にわかりやすい、キャッチーなものであるということである。そのキャッチーなメロディーラインを支える音、この音の性格もまた印象的であった。ロックならロック、カントリーならカントリーと、ジャンルというものが存在する以上、音楽を聴く際に往々にして私たちはそのジャンルの音楽世界にどっぷりと漬かってしまいがちである。いや、ジャンルだけに限った話ではない。身近な話、B'zの曲を聞いていると「あー、いかにもB'Zだなあ」と思える「B'z」色というものがあるだろうし、他のミュージシャンにしても同様である。もっとも、今全盛の女性ヴォーカリストに関してはその要素は極めて希薄で、誰が歌っていても同じ、つまり、例えばトーコと鈴木あみの楽曲の一部を交換したところで、何ら支障はなくセールス的な変化も見られないといったような傾向が見られると思うのであるが。そういうどっぷり感が、このE.L.O.のアルバムを聴いていると無いのである。いや、E.L.O.を聴いているというどっぷり感はあるのであるが、聴いていくうちに様々な音楽の要素が頭の中を駆け抜けていき、まるで様々な種類、国籍の料理を少しづつコースにして食べさせられているようである。音の厚みといい、コーラス隊や弦のアンサンブルといい、メロディーを様々に味付ける調味料として十分すぎるほどの役割を果たしている。特にこのアルバムではその雄大で華麗でポップな世界が、全編にわたって非常にうまく表現されている。3人のストリングス・プレーヤーの演奏を何度もオーバー・ダブすることによって、音も厚みがあるし、ルイス・クラークのストリングス・アレンジもうまくはまっている。とくにM2の「テレフォン・ライン」に見られるような、ヴォーカルの音の取り方の工夫も非常に効果的に仕上がっている。グループとしての円熟期に入った、脂の乗りきった演奏が楽しめるはずである。ミュンヘン・オリンピックの年にレコーディングされたこともあり、タイトルの意味は「世界新記録」。セールス的にもE.L.O.にとって記録破りのヒットとなり、一番の出世作になった。少々変わったポップ・ロックとして、ビッグ・アーティストの歴史をひも解くとき、あるいはロック・クラシックスを聴いてみようとする時、忘れられがちなE.L.O.であるが、その間口の広さは特徴的であり、特にテクニカルなロック、ポップスに興味のある向きには一度聴いてみることをお勧めするアーティストである。
ぶんせきは
KENTARO