「vol.4」
〜イマイチ爆発しない5人の侍〜
ゴスペラーズ

T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
GUESTBOOK/BACKNUMBERS


ったくもって、期待されながらイマイチ爆発しない5人の侍達である、ゴスペラーズの4枚目のアルバムが、出た。これを聞きながら、やっぱり僕は「何か違うな」と思わざるを得ない。ゴスペラーズというと、どうしても「笑っていいとも」等のバラエティー番組でのイメージが先行してしまうきらいがあるが、彼らは、メジャーシーンで脚光を浴びた、おそらく最初の正統派コーラスグループである。ラッツアンドスターにしろ、サーカス、ハイファイセットにしろ、何かの模倣、もしくは大勢で歌うことを非常にポピュラーなかたちで変形したかたちのものであって、そのスタンス、オリジナリティーを自分たちで打ち出していこうとする姿勢をもったコーラスグループとしては、日本では一番最初と言ってもいいかもしれない。

からこそ、ここは踏ん張って踏ん張って、硬派で攻めなければ、固定ファンはつかないぞ、などと僕は思ってしまうのだが、どうも本人達にとって、そういう意識よりもむしろ「売れたい欲」の方が先行しているらしいという話をよく聞く。それも結構。しかし媚びている方向がどうも「ワカモノ向け」的な要素が多すぎると思うのが、僕の第一の疑問。はっきり言って、このアルバムに入っている曲にしても、先行シングルの「Boo〜おなかがすくほど笑ってみたい〜」にしても、この編成でやる必要性がどこにあるのかという疑問が湧いてくるのである。先日もミュージックフェアでこの歌が歌われたけれど、必要のない踊りまで入ってしまって、どことなく「格好悪いDA PUMP」的なものにしか見えなかった。売れセンを狙うには、もう少しオトナ志向でせめて行くべきではないか。どうも現在のムーヴメントの中心である高校生に受けそうなものへ無理矢理すり寄っている感がしてならないのである。このままでは、「本気」のコーラスグループだと思ってゴスペラーズを聴いた人は肩すかしを喰らい、ローティーンにはそっぽを向かれるという最悪のシナリオが待っているだけだと思うのだが。

らの多くは都内の有名私大(偏差値の割合高い)出である。大学生カルチャーがお寒い今の状況にあって、彼らの活動やその志は確かに大学生チックであり、今大学生の自分にとってとても心強く、応援したい気持ちも非常にある。しかし、僕が思うにやっぱり彼らのルックスの「垢抜けなさ」にも、そしてこのショウビズの世界における彼らの方向性、細かいことだと例えばアルバムの方向性のちぐはぐさとかの所以は、やっぱりこの「偏差値の高さ」ではないかと思ってしまう。それが嫌みにも出てしまっているし、ローティーンの世代には受け入れがたい雰囲気というのがあるのかもしれないと思ってしまう。見ている人にとっての「頭良さそう感」というのは、今やミリオン・ヒットを飛ばそうと思ったらジャマなのである。まるで「おかあさんといっしょ」で幼児の頭の高さに合わせて幼児しゃべりをカマす体操のお兄さん的方向に、彼らは今突き進んでいってしまってるのかもしれない。

にかく、このポップ過ぎるというか、まあ別にポップでもいいんだが、今までのものよりもう少し5人の存在感をアピールするような楽曲を歌っていくことが必要だと思うし、そのためには内輪で楽曲を調達するのではなく、専門の曲を書く人にお願いしてもいいんではないかと思う。そういった意味では今回のシングルは筒美作ということで、今後そういった流れをもったものが出てくる布石にはなってくれるのではないかと期待はしている。日本語にこだわり続ける姿勢は大いに歓迎したいが、彼らの楽曲ももう煮詰まり気味で、メロディーもそうだが、詞が陳腐だし、「無理矢理キャッチー」な感じが出ている。4作作って、ここで一つ転換してみることを願いたい。また、コーラスグループという意味では、これからの季節、クリスマスに向けた彼らのカヴァー集など聴いてみたいところである。そんなアルバムを出したらもっともっと売れるのではないかと思うのだが。


ぶんせきは
KENTARO