「いい日旅立ち」 T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
〜”ふるさとのない人々”の原風景〜
1978 山口百恵
GUESTBOOK/BACKNUMBERS
見知らぬ土地で、ある一こまの風景を見たときに、「あ、懐かしい」とわけもなく感じてしまうこと、そんなことを体験したことがある人もおありかもしれない。心理学的に、果たしてそういったことをどう説明を付けるのかは「200X」がなんかに任せておくとして、そういった懐かしさを思い起こさせるもの、というのは風景に限らず、それが匂いであったり、本であったり、さまざまあるのだと思う。もちろん、唄でそういうことを感じるということも、少なからずあるのではないかと思う。歌い手が誰であるとか、どんなときに流れていただとか、そういうその唄に関する情報は何一つ覚えていなくても、耳に染み着いたというか、その唄を聴くと心の奥底からなにかがこみ上げてくる、そんな唄の一つや二つ、自分の中に持っているという人もいるのかも知れない。そういう、いわば唄の中の原風景、それを今回取り上げる「いい日旅立ち」に僕自身は感じるのである。
なにかの折に繰り返し書いたと思うが、僕はこと流行歌に関しては早熟な子供で、昭和52年(つまりは僕は2才)位の頃からのベスト10ヒットを結構リアルタイムで体験し、覚えている。毎週欠かさず観ていた「ザ・ベストテン」「歌のトップテン」からの影響であろう。その中で、ジュリーに出会い、原田伸二の鳥の巣のようなアタマに仰天し、円広志の「とんでとんで」を繰り返し唄い、毎週1位になりながらちっとも出演しない松山千春や中島みゆきに腹を立てていたりした。そんな中の数あるヒット曲のうち、ひときわ輝いているのがこの「いい日旅立ち」である。この歌を聴くと、この歌の歌詞内容とは全く関係のない、その頃住んでいた団地の間取りや、若い日の父と母の姿や、窓から広がる(住んでいた町内の)夜の灯や、そういったものが思い浮かんで何とも切ないような、懐かしいような気分にとらわれてしまうのだ。
この曲を書いたのは谷村新司だが、この人はアリスのイメージや、ソロでのヒット「昴」のイメージとは裏腹に、こうした人の「原風景」的な、懐かしさを思い起こさせるような曲を書くのがとても上手いと思う。今でもJR西日本のCFソングとして、永きにわたって使われている「三都物語」などもそうした佳曲の一つであろう。ギターを弾く人は、一度この曲を弾いてみることをオススメする。なぜなら、ギターなどのベースラインがはっきり出せる楽器でこの曲を弾くと、この懐かしさのメカニズムがよーくわかるからだ。この曲は、使ってある基本的なコードこそ単純だが、そのベースラインは非常に流麗、かつ哀愁の漂ったものになっている。だから、この曲のメロディーに、そうしたいわれもない懐かしさを感じてしまうのである。詞の方にも、そうしたテクニカルな面で、「懐かしさ」への計算が見られる。この歌には、「青いすすきの小径」や「砂に枯れ木で書くつもり、さよならと」など自然をさす言葉が多く、しかもそのまま出てきている。つまり、これらのワードは、そのまま字面だけ読むと「青いすすきの小径」そのものだが、聴き手が勝手に懐かしい要素として解釈するに充分な余地が残されているのである。これは、郷愁を誘う唄の作り手として取り立たされるさだまさしの、ストーリー立てを中心に、比較的マニアックな自然物をシンボルとしながら人の心の奥底を描いてゆく手法とは、全く対照的であると言っていい。
さだまさしは、自身の「案山子」という唄について、「もう案山子自体を知らない人が増えてきていて、この唄の意味を解せない人が増えて来ている」と述べているが、それこそさだまさし的な懐かしソングの手法の弱点である。自然物の存在を大きくし、またその自然物にあまり普遍的とはいえないもの、例えば消えゆくもの(EX.汽車)などを選んでしまったが故に、そのもの自体の持つ意味を突っ込んで考える事の出来る人が減ってくると、その唄は風化していってしまうのである。谷村のこの「いい日旅立ち」のように、非常に風化しにくい、恒久的普遍的な自然物のイメージだけをちりばめて、その分郷愁をメロディーに託す、この手法の方が風化しにくいといっていいし、また都市生活者など、本来いわゆる「田舎」の「ふるさと」というものを持たない人々にもなぜか懐かしさ、原風景ぽいものを感じさせてしまうのも、こうした谷村式郷愁ソングの手法のなせる技と言っていいと思う。
ぶんせきは
KENTARO