「帰ろう」
〜「素直さ」に胸を突かれる〜
宇井かおり 1994

T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
GUESTBOOK/BACKNUMBERS


「宇井かおり」といって知っている人はあまりいないと思う。筆者とっておきの隠れた名曲である。宇井かおりについてはこちらにプロフィール等があるので参照してみて欲しい。彼女は、ヒットには恵まれてはいないものの、そのソングライティングの力はそうとうなものがあると思う。とても優しく、それでいて強い曲を書く。多分、時代がそういうものをおおく求めていないのだろう。

ふるさとを離れてから 果てしない時流れ
二度とここへ戻らない そう決めた日はもう遥か遠い
さあ帰ろう 何も悩まず みんなが待つあの家に
列車に乗って 流れる景色を ゆっくり見ながら 帰ろう

「帰郷ソング」というのはとてもたくさんある。万国共通、ふるさとへ帰るというのは、特に生まれ育った空の下で暮らしていない人々にとって、特別な感慨のあるものだと思う。家に帰ろう、そう思い立ったときの切なさや疲れや、そして家へ帰ったときのやすらぎ、それらがこの曲の詞・曲・アレンジ全てにつまっている。特に、一人暮らしをはじめて間もないときなどはなおさらだ。筆者はこの曲が発売された時、宇井かおりという人は名前も知らなかったが、テレビ東京のニュース番組のエンディングテーマで使われていたこの曲のサビ部分だけがどうもアタマにこびりついて、たった一瞬映し出された字幕を食い入るように見つめ、レコード屋に走ってこの曲と巡りあった。一人暮らしをはじめて半年、丁度勢いで過ごせる時期は過ぎ、一人暮らしにも疲れるようになってきた。実家のありがたみという奴をはじめて実感し始めたときだった。そんなとき、この歌を聴いた。胸を突かれる思いだった。この唄はほんとうに家に帰りたくなる、しかし、同時に帰らないで頑張ろうという力もくれる。「帰る」というやすらぎ、安心、そんなものを疑似体験させてくれているのかも知れない。また、帰郷ソングに良くありがちなお涙頂戴や家族の顔が「じかに」浮かんでくるような(さだまさしの「案山子」に見られるような)クサさ、聴き手側に照れを生じさせるような要因がない。それがこの曲の希有なところだ。淡々と歌い上げている宇井のヴォーカルはとても優しく、突き刺さってくる激しさはないが、じわじわと効いてくる。

アレンジもピアノとストリングスを中心に、アコースティックで盛り上がりのあるものになっている。メロディーも、特に転調が、いい。全く無理がなく、極めて美しいメロディーだ。心に訴えかけてくるもの、それは時として作り手側が聴き手に訴えかけようとし過ぎるあまり、自然に、素直に心の中に入ってこないものも多い。宇井かおりは極めて自然に、素直に、聴き手を意識せずに淡々と綴った、これがこのような名曲ができた所以だと思う。知名度はないが、これはなかなかない名曲である。一人暮らしをしている人、長い間ふるさとに帰っていない人に特に聴いて欲しい。あなたの大切な大切な一曲になるかもしれない。アルバム「Door」収録。シングルとしてもリリース。



ぶんせきは
KENTARO