「MILLON MILES FROM HOME」
〜「聴かず嫌い」なアナタの為のエイゴ無用の洋楽講座その1〜
キザイア・ジョーンズ 1995

T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
GUESTBOOK/BACKNUMBERS


以前、洋楽ネタでこのエッセイを書いていたときに、筆者は「エイゴの唄でもなんでも、必ず歌詞を読んで意味を理解するようにしている」とかなんとか書いたような記憶がある。もちろん、それは僕独自の楽しみ方であって、別に洋楽を聴いている人全てが歌詞の意味を理解しようとして聴いているわけではないし、むしろその方が少数だったりする可能性が充分にある。要は同じ音楽なのだから、聴いていて楽しい気分になれればそれでいいや、そういう広く受け入れる気持ち一つで、楽しい洋楽はいっぱい探すことが出来る。

こういうネタでひとつ、エッセイを書いてみようと思ったのは、単純な動機で、自分のまわりに洋楽を聴く人が少なくって寂しいなという、ただそれだけである。だから、別に今まで洋楽なんて自然と聴かないようにして育ってきたみたいな、あるいはエイゴなんて意味が分からないからいやだとか、そういう洋楽と日頃縁遠い人たちに、「なんの予備知識もなく単純にかっこよい」と思うことが出来て、楽しむことが出来る洋楽を紹介してみようと思ったからだ。別に、仕事を始めてなれない毎日で日記の更新ペースも落ちてしまって新ネタを探す心の余裕もなくて「ヒットでひとこと」も更新できなくて仕方がないから手持ちのCDストックの中から使えそうなネタで済まそうとかそういう動機では毛頭ない。

さてさて、前置きが長くなったが、今回はキザイア・ジョーンズである。この名前は覚えていて欲しい。別に洋楽を聴くならキザイアを知らなければイカン!とかいうつまらない理由ではなく、単にこのエッセイを読んだ後キザイアのCDを買いにレコード屋に走ったときにアーティストの名前を覚えていなかったらすんごく恥ずかしいだろうという事態を慮った老婆心故の発言である。ここで、この名前を覚えておくために、また、聴くアーティストのバックボーンを追及して曲を聴きながらその端々を感じつつ首をふんふん縦に振りたい宇多田ヒカル症候群の人々の為に、彼キザイアの素性を紹介しておきたい(なんだかんだ言って敵を増やしているオレ)。まず、キザイアはナイジェリア生まれ。しかも、コルバという種族の酋長(しかも資産家)の息子である。要はアフリカのボンボンであるが、「酋長の息子」というだけインパクトは強い。そして英国留学中に音楽に目覚め、ピアノ、及び独学でギターを習得。その後クラヴ・サーキット、大道芸人を経て、プロ・デビュー。レニー・クラヴィッツの前座などをして次第にその頭角を現してくる。とまあ、こんなものだろうか。とにかく、ファンク、ロック、ソウルなど様々な音楽を融合させながら、熱い「血」を感じさせる彼のサウンドは、USでもUKでもない。筆者に言わせれば「キザイア」という一つのジャンルに他ならないほど、他の音楽とは一線を画している。

ここまでで、「キザイア」の名前だけ覚えてもらったら、筆者としては後は忘れてもらってもいい、ただ、この曲を聴いて見て欲しい、そう思うのみである。とにかくかっこいい。ただかっこいいという言葉では片づけられない。もちろん、この曲の根底に流れている人間の奥底を理屈なく揺り動かすリズム、それがこの曲の魅力の全てだと思う。そのリズムがあらゆる楽器、そしてキザイアのヴォーカルにも魂を吹き込んでいる、そんな感じがする。どうしても身体が動いてしまう、そういうリズムがこの曲にはある。半ばたたきつけるような、キザイア独特のギター・プレイもそれに拍車をかけている。この曲をかけながらクルマを運転しているとするならば、間違いなく右足に力が入ってしまう。それはどの人種でも、たとえ言葉が分からなくても、同じだと思う。その点でこの曲はある意味「ワールド・ミュージック」といってもいい。今まで洋楽なんか聴いた事のない人でも、CDTVのトップ10を見てレンタルCDに走るのが習慣になってしまっている人も関係ない。聴けば聴くほど、このCDの帯に書いてあるコピー「白人には真似の出来ない音楽もある」が陳腐に見えてしょうがなくなってくる。白とか黒とか、そういうことで分けること自体、ナンセンスなのだ。とにかく、とにかく、日頃洋楽を聴かない人にほど、聴いて欲しい。音楽が人の心を揺り動かすのに、言葉は必要ない、そのことを実感する人が一人でも増えて欲しい、そう強く思う。アルバム「AFRICAN SPACE CRAFT(VJCP-25147 東芝EMI)」収録。



ぶんせきは
KENTARO