「けんかをやめて」

河合奈保子 1982

T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
GUESTBOOK/BACKNUMBERS


日本のポップスの作詞力が落ちてる、なんてハナシをいろいろなところで耳にする。特に、懐古的アンチミリオンヒッターの人々(実は結構トシいってたりする)にそういうことをいう人が多い。筆者自身ここんとこいろんな唄をまんべんなく新旧おりまぜて聴くことがなかなか難しかったりするので、つい耳に入ってくるのは新しい唄ということになってしまっているせいか、どうも懐古趣味的な方向に走りそうになる。イカンイカン。ここがきっとおぢさんの分かれ道なのだ、と思いとどまってはいるが。ま、でも冷静に考えてみると、その時代時代によって、求められるもの、そして何に重きを置かれているかっていうのは全然違う訳だから、例えば作詞力っていう能力そのものを、時代を超えて公平に評するっていうのは難しいっていうのが真理なのかなと思う。別にそれが重視されている時代があるかと思えば、軽視されている時代もあるわけで、その時々によって求められているものは違うのだからしょうがない。作詞力が求められていない(つまりは誰も詞なんか読んでない)時代に、作詞力のなさを声高に叫んだところで、きっと何も起きないだろうし。

で、河合奈保子である。「けんかをやめて」はある程度有名な唄であるから、知っている人もある程度(「けんかをやめて 二人を止めて」というサビだけでも)いるのだと思う。別に、この時期のアイドルを取り上げているからといって、筆者を100%そっち方面の人間だと誤解されても困るが、しかし80年代前半くらいのアイドル歌謡を聴いていると、実にいろいろと面白いことが分かる。またそれを元に現在のいわゆる「アーティスト」さんたちと比較したりなんかすると、なおさらである。

河合奈保子というのが、当時の歌謡界、アイドル界において、どういう位置づけにあったのか、興味深い表現が筆者の本棚にあったので、ちょっと引用してみたいと思う。

中森明菜も松田聖子も、何かこう思うところがありそうだし、
柏原芳恵っていうのも、ベッドに入ったりなんかすると、
こう急激に癖が出て来そうな気配がある。
小泉今日子も松本伊代もわがままだろうし、
堀ちえみは堀ちえみで後を引くような”マジ”な部分が気になった。
早見優も石川秀美も、いざとなったら、何を為出かすかわかったもんじゃない。
その点、河合奈保子なら安心である。
部屋のポスターも、ただの笑っているだけのアイドルでいてくれた。
河合奈保子には性格がない。
〜リモコン症候群 泉麻人 文春文庫〜

これは当時のアイドルを非常にわかりやすくキャラクタライズした、名文であると思うのだが、河合奈保子はそのルックスからも、無害であり、従順(純情とは違う)という位置づけであった。そこに、「けんかをやめて」である。「やめて」というワードは、本来従順ならば使うべきでない語句である。ご主人様にあらがおうなど、河合奈保子は考えてはいけないはずなのである。それが売れた。この曲は河合奈保子の代表曲の一つとして数えられる程のセールスである。

この頃のアイドルにしても、今の主だったプロデュースもん(自称アーティスト)にしても、結局おもちゃである。この点は時が経っても基本的に同じである。大いに違うのは、そのアソビかたである。80年代のアイドルには、パーソナリティですらつくられたものである。泉麻人が描写したそれは、全て当人たちの介入の非常に少ない状態で、売る側、そして買う側が共同でつくりあげたいわば偶像のようなものである。しかし、人間期待通りにいくものほど面白くなく、それは売り上げの不振として跳ね返ってくる。つまりは、どっかでアソぶ、意表をつく演出が必要なのである。だから、この頃のアイドルたちは楽曲の詞の部分で変化が与えられている。従順な河合奈保子に「やめて」と言わせる、そこがミソなのである。当時のアイドルの人々には、いろんな人が曲を書いたりしている、そこらへんも変化である。こうした、作詞でのアソび方が上手くいっていたアイドルは比較的長続きした。中森明菜にしかり、小泉今日子しかりである。早見優などは、最後まで「帰国子女」という特殊なバックグラウンドに作品も縛られ続け力つきてしまったのである。それだけ、「作詞」というものが大きなキイワードになっていたのではないかと思う。

今はどうか。パーソナリティが「作られた」ものの比率より「当人そのもの」の比率がアップしてきたのではないかと思う。いわゆる「キャラ」である。それは作られたものの比率が低いが故に、変化に富む。また、作られたものの比率が低い故に、どうしても作詞でアソぶというのは受け入れられにくい。嘘っぽくなってしまうのではないかと思う。作詞は普遍的、アーティスト固有のカラーがなんとなく出ていれば良いというカッコウになっているのである。これが、同一プロデューサーによる楽曲作成となるのである。

つまり、80年代アイドルのパーソナリティと詞の関係が、丁度逆になっているような気がするのである。そして、比較的同一のカラーの唄を唄いながら、パーソナリティの変化の振り幅を見て、オーディエンスは満足するのである。もちろん、「地」の部分が80年代アイドルのそれと比べものにならないので、振り幅加減には細心の注意を払わないと、思わぬ事故に遭遇してガス吸ったり睡眠薬飲み過ぎたり、あげくは無期限休養なんてコトになるのである。

結局、音楽は嗜好品であるから、何が絶対的にいいとか、悪いとかは言えないのだと思う。そして、いい悪いいうコトよりも、こういう、つまらない今昔の関係を見いだすのが、筆者の結構人に言いにくい愉しみである。たまに自分で自分が嫌になるときがあるのだが・・・しかたないでしょ。

〜余談〜
:消息不明有名人を捜すサイトにて(本サイトリンク集参照)「最近80年代アイドルに興味を持ったのですが、岡田有希子さんという方は今何しているのでしょうか?」という質問を投げている人がいた。いやはや、時代である。「冥土や」と答えてやりたい。



ぶんせきは
KENTARO