「ここでキスして」
椎名林檎 1999

T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
GUESTBOOK/BACKNUMBERS


ひとことで言ってオーバー・デコレートな無理矢理アンニュイ系アーティストの一人である。アンチミリオンヒッターの人々に深い深い寵愛を受けそうなヒトである。この間、深夜のTV「POP FILE」でこのヒトの歌唱を観たのだが、このヒトの無理矢理アンニュイさ加減はまだまだ完成度が低いと思った。そんなに不機嫌で怒った顔を無理矢理つくりあげんでもよかろうて、と観ている方が突っ込みたくなるようでは、まだまだ修行が足りないと言わざるを得ない。歌唱中の表情が同じアンニュイなのでも、特にJAMのYUKIの完成度にはほど遠い、ボロが出ているといった感じである。よいアンニュイさ加減を出そうと思ったら、適度の引きと適度の押しが大切である。たまに非常にニンゲン的な笑顔など振りまいてみて、観ている方を「おやっ」とさせる、そこで初めてベースのアンニュイさ加減が効いてくるものだ。椎名林檎に限ったことでなく、最近はどうもこの無理矢理アンニュイが大きな顔をしてTVに映るから困る(ELTの持田とか)。アンニュイは「無理矢理」の部分が見え透いてしまうようでは、そのほんとうの魅力は出てこないぞ、と思う。

マキシの3曲を聴いて、表現力の豊かなことは目を見張った点だ。そのフキゲンなお顔とは裏腹に、3曲3様、それぞれのヴォーカルが違う世界を見事に醸し出している。このヒトの声は、以外に唄えるジャンルが広そうであるのが、Misiaなど一連の「クロ系」アーティストの表現力とは違う点だろう。もちろん、どちらが優れているというわけではなく、Misiaなどは「クロ系」の範疇での表現力が豊かであり、椎名林檎の方はオールラウンダー、シャンソンなんかも唄わせてみたい感じすらする。特にこの「ここでキスして」で語尾を伸ばすときに使うヴォーカルの抑揚、ヴィブラートは、彼女にしかない、アイデンティティーともいえるものだ。知らない曲でも、一聴して「椎名林檎だ」とリスナーにわからせることが出来るほど、存在感は高い。楽曲(「ここでキスして」)については、曲はキャッチーでいいメロディーだが、詞はもう一歩。「それはつまり」とか字余りを無理に解消した跡ともいえる言葉が出てくるあたりが、完成度を下げている。

ただ、この「ここでキスして」に使われている英語のフレーズは、以前筆者がブリリアント・グリーンについて書いたときに触れた(ここの終わりのあたり参照)、ボニー・ピンクのものにも通じる「いじめられちゃう英語」である。こういう唄を唄うアーティストは、少なくともミリオンヒッターの仲間入りは果たせないかも知れない。彼女は英国生活の経験があると聞く。まあ、歌の冒頭にこれみよがしに聞こえてくる英語のフレーズを聴けば、なんとなく想像は出来るが、彼女が英国生活中に出会ったネイティブの友達とかいたら、この「ここでキスして」を聴かせてみたいもんだ。英語のフレーズの最後「ONCE AGAIN〜」と伸ばすところで最後に「〜ンダッ」と念を押すところなんか、鼻で笑われそうだなあ、なんて邪なことを想像してしまうのである。



ぶんせきは
KENTARO