「眠れぬ夜」
オフコース 1975
T0P/KINKYO / BACKNUMBERS /


最近古い唄についてあんまり書いていなかったので、久しぶりにこんな往年の名曲をひっぱり出してきた。僕自身もここのところよく眠れない日が続いているのだが、そんなこともあって最近この唄のことをよく思い出す。

眠れない夜には、よく「弱さ」が顔をのぞかせる。それは、普段自分が自覚していないようなものまでも含まれているような気がする。ただし、その「弱さ」を客観的に見る事ができるのは、眠る事ができるようになってからである。眠れない夜には、葛藤がある。ああでもない、こうでもないと、寝床にいる自分にはどうしようもできないようなことばかり考えてしまう。

この唄は、なんとも繊細で、軟弱な唄である。しかしそうであるが故に、「眠れぬ夜」というものの、本質をとてもうまく表現している。眠れぬ夜にある葛藤がはっきりと描かれているのである。

たとえ君が目の前にひざまづいて全てを 忘れて欲しいと 涙流しても
僕は君のところに 二度とは帰らない あれが愛の日々なら もういらない

と、初めてこの唄を聴いた小学生の僕には、なんともこの唄の主人公は冷酷なのだろうと思ってしまうような出だしである。じっさいの場合では、「君」というのは別に恋人だけでなく、上司や、その他諸々のモンダイ、つまり眠れない原因ってやつに全てに当てはまる。しかし、これが本心ならば、「眠れぬ夜」などない。とっくにのび太並みに高イビキのはずである。「眠れぬ夜」の葛藤は、2コーラス目の歌詞に現れる。

それでも今君が あの扉を開けて 入って来たら僕には分からない
君の横を通り抜け飛び出してゆけるか 暗い暗い暗い 闇の中へ

うーんそうなんだよなあ、という感じである。うーんそうなんだよなあはいいのだが、この曲は肝心の僕の「眠れぬ夜」を、いっそう助長させてしまっている。この唄を後年、西城秀樹がカヴァーしていたという事実は、いっそう僕を「眠れなく」するのである。あの秀樹ヴォイスでこの唄を唄われても、なんの信憑性も、デリカシーもないではないか。杏里の「ジャスミンティー」も効かない。僕が一番言いたかったのは、別にこの唄がすばらしいとかすぐれているとかそういうことではなくて、誰かよく眠れる方法を教えてくださいということなのである。



ぶんせきは
KENTARO