「洋楽は売れない」?? T0P/ MUSIC ESSAY/KINKYO
GUESTBOOK/BACKNUMBERS
さてさて、これを読んでいるみなさんは次のうち何人のアーティストを知ってますか??
1. アッシャー
2.シャナイア・トゥエイン
3.サヴェージ・ガーデン
4.リアン・ライムス
5.ネクスト
6.バックストリート・ボーイズ
7.セリーヌ・ディオン
8.スパイス・ガールズ
9.ジャネット・ジャクソン
10.モニカ
実はこれ、ビルボード誌の98年年間チャート(シングル・アルバム合算)のTOP10の面々なんです。6.のバックストリート・ボーイズあたりが、ボーダーラインでしょうか。7,8,9は大概の方がご存知だと思います。ところが、上位5人になると、ちょっと苦しいですね。一人も知らない、なんていう人はザラなのかも知れません。ましてや、レコード主要購買層のティーンエイジャーなら、なおさらのことと思います。
とこれはまあ、一例なんですが、洋楽が売れない、っていうのは巷でよくささやかれています。そんな中でマライア・キャリーの例を挙げて、「洋楽が売れないのはプロモーションが足りないからだ」とおっしゃる方が音楽雑誌を見ていても結構いるんですが、僕は違うと思います。だいたい、洋楽がそんなに売れていないとは思えないのです。洋楽のセールスの数を、邦楽のセールスの数と比べて「売れていない」とするのは、一見正しいようで、しかしかなり疑問も出てきます。洋楽の売れている数が減っているのではなくて、邦楽の売れている数が「昔」よりかなり増えているんだと思います。12,3年前の邦楽チャートのシングル年間売り上げ1位の作品の売り上げ枚数は40万枚チョボチョボ、アルバムでもユーミンが一人ミリオンを記録するくらいだったわけで、それから考えるとシングル、アルバムとも、購買層が広がったから邦楽は売れるようになり、洋楽は売り上げ実数は邦楽ほどドラスティックな増減(それでもセリーヌ・ディオン、マライアなど出てきたから、むしろ増えているやもしれぬ)はなかったので、相対的に「売れない」と感じられるだけなんじゃないかと思います。最近でも、ローリン・ヒルやオフスプリング、そして老舗の人々(クラプトンとか、ストーンズとか、エアロとか)は数十万枚級で売れてますし、そうそう嘆くほど売れてないわけではないと思います。
それでは、「プロモーション」を充実させれば、洋楽ももっと実数が上がるのかというと、僕の答えは「NO」です。
理由の一つに、日本の音楽のジャンルの多様化があります。昨年もそれに関しては非常に象徴的な年でしたが、今までなかった、売れてこなかったジャンルの唄にヒットが続出しています。洋楽が日本の音楽マーケットで、以前のように(ある程度)主要な位置を占めていたころは、日本にないジャンルの音楽を求めるリスナーが、洋楽に手を出していたということが充分考えられます。ボーイズ・2・メンなどがアルバムを多く売り上げたのも、そういうことだと思います。
もう一つは、まわりとの差別化、つまりハヤリモノを避けるリスナー達の行き着く先として、洋楽が以前のような存在意義を失いつつあることだと思います。洋楽を聴いてる、ということが昔でいう歌謡曲、日本のヒットチャートをにぎわすようなポピュラーなものに対するアンチテーゼを意味するということが、今揺らぎつつあるのです。それは一つ目の理由に立ち返って、日本のメインストリームをなす音楽の幅が広がったことや、インディーズの興隆、そして今までは陰に隠れていた様々なジャンル、種類の音楽がメディアの発達によって手に届きやすいところに来るようになったことが原因だと思います。同じ(メインストリームからの)逃げ道を探すなら、意味の分からない英語の唄よりも、ニホンゴの方がいいと思ってしまう人たちは、そうそう少なくないと思います。今の洋楽は「メインストリームへの逃げ道」の一つになるわけで、またその洋楽を聞いている人の中でも、「洋楽」がヒット歌謡からの逃げ道であったときのように、「洋楽」をあたかも一つのジャンルとしてチャートを追いかけて聴いている人は影を潜め、、邦楽と同様に洋楽にももちろん幅広いジャンルがあるわけですから、いろいろなジャンルに聞く人々が分散してきているのではないかと思います。そういうことから、アメリカやイギリスでビッグ・ヒットをあげているものが、必ずしも日本で大ヒットしないという図式も出来上がってきているのだと思います。
この2つの理由から、単に「洋楽を知る人が少ないから洋楽が売れないのであって、プロモーションを充実すればもっと盛り上がる」とは考えにくいのです。メディアに乗せれば、「アルマゲドン」や「タイタニック」の例のように、ミリオンに近い売り上げを残すことは可能ですが、それは洋楽自体の底上げにはならないと思います。
日本の音楽が多様化し、様々なジャンルに実力のある人々が出てきた現在、外国から来た音楽というのは、一つの危機を迎え、また同時に一つのチャンスも迎えているともいわれています。チャンスとはミュージックシーンの多様化で、様々なジャンルの音楽が認められてきたということで、それだけ人々が洋楽につながる道筋が出来上がっているということなのでしょう。しかし、たとえばR&Bテイストの濃いMisiaのブレイクによって、本場のR&Bを聴いてみようと思うリスナーが増えるかというと、そこは疑問です。やはり言語の差は大きいと思います。
日本のミュージックシーンが以前にない成熟を迎えてしまった以上、僕は洋楽は「(セールス的に)日陰」の存在が続いてゆくという結論を出さざるを得ません。それは大きい原因としてどうしようもない言語の差と、今までは洋楽を探すしかなかったようなジャンルの音楽まで、日本人が手を出しはじめ、優秀なアーティストが育ってきているということがあります。それは、プロモーションでは解決できません。ある意味、これは問題ではなく、日本人アーティストの正常進化に伴う一つの弊害であると、諦めるより仕方がないという気がします。そして洋楽は、これからも、音楽を聴く際に他言語でも抵抗のない人や、ジャンルの源流を追う知的好奇心の強い人たちだけで地盤を支えられ、タイタニックのセリーヌ・ディオンのような、奇形的お化けヒットがたまに出る、そんな感じで推移して行くでしょう。洋楽が全然売れなくなる、ということもあり得ないし、洋楽が今まで以上に日本のチャート上で大きな顔をするということもないと思います。
ぶんせきは
KENTARO